雫石 事故。 第13回 雫石事故、真の被告は誰か 航空自衛隊幹部からの手紙

犠牲者の多くが出身であったことから、新たに建立された「航空安全祈念の塔」は訪問者がの方角を向くように位置している。

恐怖のあまり、引き返すことを決めた女性たち。

古代遺跡の彫刻を模ったパビリオンの前で陽子さんと純子さんが2ショットで写っていた。

しかし、断定する根拠はないので、ここではその関連性を指摘するに留めておく。

たくさんの花火がフィルムに収められていた。

周囲を見渡すと報道関係者は私たちだけだった。

本当に大変だったのは葬儀が終わった後だった。

全日空機にはは装備されていなかったが 、同機と千歳飛行場管制所、千歳ターミナル管制所および札幌管制区管制所との交信は通常通りに行われていた。

思うだに胸が痛む。

86

新しくできた編集専門委員として航空と防衛と事件担当。

輪の中心には「かろうじて人間の姿を彷彿させる肉塊があった」。

確認する箇所以外は全身が包帯で巻かれていたが、それでも変わり果てた姿が目に焼きついて離れない。

が経営困難になりかけていて、「の常駐もやって欲しい」と言われ、喜んで引き受けた。

朝日・読売・毎日の日本三大全国紙の夕刊は7月30日付紙面で自衛隊機の過失を全面的に報じていた。

衝突後2機はともに操縦不能となります。

posted by posted by posted by posted by posted by 当時は航空事故調査委員会と言うものがなく、総理府に急きょ設置され事故原因等の究明にあたり、報告もされているほか、刑事・民事とも裁判は結審しているが、詳しいことは事故とは無縁の一市民が語るべきではないが、まだこの付近に管制レーダーは設置されておらず、当然ながら衝突警報装置やボイスレコーダーも設置されていなかった。

17